研究紹介

<受験情報ページCLIP掲載>北イタリア紀行「ヴェローナに見る都市観光の多様性」観光学科 杜 国慶教授

2020.12.15

観光学部の教員はどのような研究をしているのでしょうか。この記事では昨年度秋学期から長期研究休暇で北イタリアに滞在していた観光学科の杜国慶教授のレポートをご紹介します。

 

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イタリア北東部に位置するヴェローナ(Verona)市はヴェネット州ヴェローナ県(Provincia di Verona)の県都所在地である。2000年以上の歴史をもつ重要な要塞都市として発展してきた旧市街地は2000年に世界遺産に登録された。大都市ミラノとヴェネツィアの間に立地するため,両都市からの日帰り観光者も多く,観光都市として知名度が高い。2019年12月31日現在,ヴェローナ市の人口は259,608人,面積は207km²,人口密度は1,254人/km²である(City Population,2020)。
2000年以上の歴史をもつ重要な要塞都市ヴェローナの発展は,立地に強く関係する。4本のローマ街道が通り,イタリア北部と東部の玄関口である。沖積平野と起伏の程よい丘陵の地形を有するこの地に,イタリアで2番目に長い河川アディジェ川(写真1)が流れ,市の西部はイタリア最大の湖ガルダ湖に面しているため,水資源が豊かで農業が発達した。市の周辺ではブドウ畑が広がり,ワインが生産されている。

 

写真1 ヴェローナ市街を流れるアディジェ川(2020年1月 筆者撮影)

 

現在,市の主な産業として観光が注目されている。2016年の観光者数は1,725,908人で,2006年から77.7%増加した(Baratta et al.,2017)。観光資源として数多くの観光者を引き付けるのは,世界遺産に登録されているローマ時代の建築物と中世の街並み(写真2)だけでなく,シェイクスピアの戯曲「ロミオとジュリエット」の舞台としても名高い。この並外れた文化遺産はガルダ湖の魅力と組み合わせることで,ローマ,フィレンツェ,ヴェネツィアに次いでヴェローナ県はイタリアにおいて観光者数が多い(Comune di Verona,2014)。

 

写真2 ヴェローナ市の街並み(2020年7月 筆者撮影)

 

以下,ヴェローナ市の都市観光の多様性について述べる。

 

1.都市観光の歴史要素
ヴェローナは紀元前1世紀にローマ帝国の植民地となった。12世紀初頭に独立し,カングランデ1世の下で繁栄した。1405年にヴェネツィア領になり,1797年にオーストリア帝国に併合され,1866年にイタリア王国の一部になった。
ローマ時代に築かれた市街地には,中世により広い範囲を囲む城壁(写真3)が再建されたが,都市の範囲は20世紀まで安定して維持された。世界遺産に登録された「ヴェローナ市街」の範囲は,この城壁に囲まれている452.9haの旧市街地と城壁の外に325.4haの緩衝地帯を合わせて,合計778haの保存地域を指す(Comune di Verona,2014)(図1)。

 

写真3 ヴェローナの城壁(2020年6月 筆者撮影)

 

図1 世界遺産「ヴェローナ市街」の範囲(Comune di Verona (2014)により作成)

 

ヴェローナ市街は,ローマ時代の都市概念を反映していると言われ,傑作と称賛される数多くのランドマークは次の時代区分で挙げられる。まず、ローマ時代(紀元前1世紀~5世紀)に建設されたアレーナ闘技場(写真4),ローマ劇場,ピエトラ橋(写真5),城門ポルタ・ボルサリとポルタ・デイ・レオーニがある。次いで、スカリガー時代(1250~1380年)に、旧市街地の範囲を規定する城壁,並びにカングランデ2世の住居と拠点であるカステルヴェッキオ(写真6),カステルヴェッキオ橋(写真7)が建設された。そして、その他の時代に建設された文化・芸術的価値の高い宮殿,教会(写真8),塔,鐘楼(写真9)など多数存在する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

写真4 カーニバルでアレーナの前に集まる市民たち   写真5 ローマ時代に建設されたピエトラ橋

(2019年12月 筆者撮影)               (2020年2月 筆者撮影)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

写真6 博物館と利用されているカステルヴェッキオ   写真7 カステルヴェッキオ橋
(2019年9月 筆者撮影)               (2020年1月 筆者撮影)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

写真8 サン・ゼーノ大聖堂の内部           写真9 ヴェローナの中心に位置するエルベ広場とランベルティ塔
(2019年9月 筆者撮影)               (2020年3月 筆者撮影)

 

西暦30年には完成し今まで約2000年の歴史をもつ闘技場アレーナは,ヴェローナを代表するシンボルである。保存状態が良く,現在も大規模なイベントに活用され,遺跡として観光名勝でありながら現在も機能している都市施設である。高さ31m,長径140mと短径100mの楕円形で,30,000席の収容力をもつ。2013年に見学入場者数が797,855人で,ヴェローナの博物館や記念碑などの建造物の入館者総数の55.4%を占める(Comune di Verona,2014)。

 

2.文学作品に語られた「愛の都」
14世紀のヴェローナを舞台としたシェイクスピアの戯曲「ロミオとジュリエット」は16世紀末に初演されてから,世界各国に人気の演目として観客に受け入れられた。観光者を迎合するため,市街地の中心部に「ジュリエットの家」と「ロミオの家」,「ジュリエットの墓」という観光スポットまで造られた。このように架空の物語を基に造られた施設にも,多くの観光者が訪れ,「ジュリエットの家」がヴェローナにおいて知名度の最も高い観光スポットとなった。観光は実在のものだけを展示するのか、それとも観光者が求めるものを迎合して展示するのか、それは観光の真正性が問われるポイントであろう。
このように,「ロミオとジュリエット」の物語に纏わって,「愛の都」というイメージが作り出された。近年,このイメージを利用したブライダル産業も発達してきた。ヴェローナはフィレンツェとヴェネツィアと並んで,イタリアで最も重要なブライダル目的地として選ばれている。

 

3.都市観光の芸術要素
ヴェローナで毎年開催されている「夏季野外オペラ祭」は世界で類のない最大なオペラ祭と言われている。その「最大」とは,開催年数,会場の規模,運営スタッフの人数,観客数,演目数いずれも世界の頂点を極める。2019年に開催された第97回野外オペラ祭は,初回から106年が経ち,平均として各シーズンに1,236人の大規模なスタッフが公演に参加する。シーズンごとに舞台衣装4,500着と化粧時間325時間,公演125回で,40万人以上の観客が動員される(Press Office of Fondazione Arena di Verona,2019)。
このオペラ祭は著名な作曲家ジュゼッペ・ヴェルディの生誕100周年を祝うため,1913年に始まった。以降,世界大戦と2020年のCOVIC-19パンデミックを除いて,毎年開催されてきた。大理石で造られたため音響が優れ,オペラなどクラシック音楽のコンサートではマイクとスピーカーが一切使用せず,歌手と奏者の実力と音楽本来の魅力が直に伝わる。また,大理石遺構そして天井のない野外会場が独特の雰囲気を醸し出し,公演の魅力を増強する(写真10)。

 

写真10 闘技場アレーナで開催される夏季野外オペラ祭(2019年9月 筆者撮影)

 

芸術による効果は,オペラ祭のデータから理解できる。第96回(2018年)には,47夜の公演が行なわれ,約39万人の観客が来場した。客席稼働率は2017年の58.4%から2018年の61.6%へ上昇した(Press Office of Fondazione Arena di Verona,2018)。このオペラ祭はヴェローナ市の一大イベントであり,大型化と観光化の傾向が著しく現れてきた。

 

4.都市観光のビジネス要素
ヴェローナはビジネスと観光を融合した都市でもある。ヴェローナ県では農業が非常に発達し,ワインの輸出量はイタリアの上位で,農産物の輸出量はイタリアでは上位3位に入る。そして,大理石やファッションなどの産業も,イタリアでは重要な位置を占める。地域産業を促進するため,イタリア最大のワイン見本市Vinitalyと大理石見本市Marmomacが毎年開催されている。
現在,Vinitalyは95,000m²以上の展示面積を有し,年間4,000軒以上の企業が出展し,約15万人が参加し,ワインやオリープ,アグリフードと言われる農産物の生産者,輸入業者,流通業者,飲食業経営者,技術者などが集まって情報交換の貴重な場である。2019年に,専用アプリを開発し,オンラインカタログが多言語対応でより多くの外国人参加者に便利を提供する。

都市観光が観光者に注目される理由は,都市の多種多様な機能に由来すると言われる。約26万人の人口しか有しないヴェローナ市は,規模といえば小都市にしか過ぎないが,歴史を基盤とする建築と街並み,そして名高い舞台作品による知名度の高まり,歴史長く大規模な芸術活動による集客力,さらに産業に基づく大型コンベンション活動によって,観光産業が発達している。

 

参考文献
Baratta, R., Cassia, F., Vigolo, V. and Ugolini, M. (2017): City Image: Comparing Residents’ and Tourist’ Perceived Image of Verona. 20th Excellence in Services International Conference Proceedings, 47-62.
City Population (2020): Verona (in Veneto). https://www.citypopulation.de/en/italy/veneto/verona/023091__verona/ [Cited 2020/09/10].
Comune di Verona (2014): Verona città Unesco Report 2014.
Press Office of Fondazione Arena di Verona (2018): Great Success for the 2018 Opera Festival at the Arena di Verona.
Press Office of Fondazione Arena di Verona (2019): The Figures of the World’s Largest Opera Theatre: the Arena.